赤井教授は、主に制がん活性を示す多環式芳香族化合物の全合成と、光学活性化合物の不斉合成研究に長年、携わってきた。例えば、これまでに合成した制癌活性抗生物質11-デオキシダウノマイシン、フレデリカマイシンA、g-ルブロマイシンは世界初の全合成であり、それらの活性評価に基づき各種類縁体を合成し、創薬シーズの創出を目指して研究を展開してきた。また、製薬企業と共同で活性酸素発生抑制作用を有する抗生物質OPC-15161の実用的な合成ルートを開発し、大量生産レベルにスケールアップされ、産学共同研究の成功例として注目された (Fig. 1)。
 
 Figure 1. Total synthesis of bioactive molecules
 
 また、1990年代後半より、加水分解酵素と金属触媒を同時に用いる全く新しい不斉合成法の開発にも取り組んでいる。酵素を利用する光学活性化合物の不斉合成法は、常温常圧での高い変換効率と優れたエナンチオ選択性、酵素自身の生分解性などから、光学活性化合物の環境低負荷型合成法として古くから注目されてきたが、未解決の課題も多い。例えば、加水分解酵素リパーゼを用いる速度論的光学分割法は、ラセミ体を各鏡像異性体に分割する優れた方法であるが、それぞれの収率は最大50%であった。赤井らは、メソポーラスシリカの内部にオキソバナジウムを固定化した新規触媒V-MPSを創製し、これとリパーゼを併用することでラセミ体アルコールがほぼ100%の収率で単一の光学活性体に変換される「動的光学分割法」を開発した。本法では、リパーゼによる光学分割によって一方の鏡像体が選択的にエステル化されると同時に、残った他方の鏡像体は、V-MPSの内部でオキソバナジウムによってラセミ化されるために、すべての原料アルコールが1つの光学活性エステルに変換されるという手法である (Scheme 1)。この際、細孔径約4 nmのメソポーラスシリカを用いることで、リパーゼとオキソバナジウムが物理的に隔離され、両触媒が反応して互いを失活することが完全に抑えられた (Scheme 2)。また、反応終了後に、これらの触媒を回収して再利用できる。なお、この研究で開発した新規触媒V-MPS4は和光純薬工業から発売されている。
 
 Scheme 1. Dynamic kinetic resolution of racemic alcohols by the lipase-oxovanadium combo catalysis
 
 Scheme 2. Separation of the racemization and kinetic resolution by using nano-scale pores of mesoporous silica (MPS).
 
 更に、リパーゼ触媒反応で導入したアシル基部分を、そのまま分子内環化反応に利用する「ドミノ型不斉合成」という新規な概念を創生した。本法では、官能基 (FG-1) を有するラセミ体アルコールと、官能基 (FG-2) を有するカルボン酸から、1つのフラスコ内で「カルボン酸の活性化」、「(動的)光学分割」、「分子内環化反応」の3つの反応が連続進行して、多環状分子を不斉合成できる (Scheme 3)。
 
 Scheme 3. Domino lipase-catalyzed (dynamic) kinetic resolution/intramolecular cyclization for the asymmetric synthesis of multi-ring-fuzed molecules.
 これらの酵素を活用する合成手法を応用して、インペラネン、ヒンバシン、クリナンなどの光学活性体の不斉合成 (Fig. 2)、ならびに創薬への展開研究を進めている。
 
 Figure 2. Asymmetric total synthesis of bioactive natural products via lipase-catalyzed dynanic kinetic resolution
 
 また、これまで殆ど前例の無い「芳香族化合物への位置選択的フッ素導入法」を考案した。この研究では、天然化合物に多く見られるカテコール構造に注目した。カテコールには水酸基が2つあるので、どちらか一方を位置選択的にフッ素化することで、2種類の位置異性体を造り分けることができる。その鍵は、フッ素化を行う基質A,Bの選択である。ジエノンAに、このフッ素化剤を作用させると、カルボニルで選択的にフッ素化が起こり、続いて芳香環の転位が連続進行し、芳香環からみてメタ位にフッ素が置換した化合物が得られる。一方、電子豊富なフェニル基が置換したカテコール構造をもつBに、酸化、フッ素化、還元を順次行うと、芳香環のパラ位で優先的にフッ素化が進行する。このように、1つのカテコールから、2つの位置異性体を作り分けられるという方法である (Scheme 3, Figure 3)。
 
 Scheme 3. Regioselective preparation of deoxyfluorinated compounds 
 
 Figure 3. Synthesis of fluorinated derivatives of bioactive polyphenols   
 さらに、「含[18F]フッ素長鎖ポリエチレングリコール(FPEG)の合成 (Figure 4)」など、創薬研究や診断薬開発に資する人工の機能性分子合成法の開発にも力を入れている。これらの研究の実用化を目指し、学内外の生物系研究室との共同研究の下、活性評価・構造最適化等を行っている。
 
 Figure 4. PET imaging of [18F]fluorinated polyethylene glycols (FPEG).